こちらで更新継続中。【三國志13】壬生狼伝 ~初回プレイの様子~

【三國志13】壬生狼伝 ~初回プレイの様子~

miburoden

この記事では、三國志13の初回プレイ時の様子を、(あてにならない)記憶を頼りに、一部脚色と妄想を加味して(いまさらながらに)書いていこうと思います。 色々おかしい部分があると思うけど、仕様です。

プレイ設定は、主人公に新武将の「壬生狼」を作成し使用、難易度は初回ということで初級(最低難易度)、他はデフォルト設定、シナリオは黄巾の乱です。

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初の士官、初の下野

私の名は壬生狼。 洛陽に居を構える在野の身だ。 世は乱れ、黄巾党とかいう連中が幅を利かせて久しい。 何かできることはないかと思いつつ、機会に恵まれず、時折曹操と飲んでは愚痴をこぼす日々だった。

ある日、孔融という男と知り合い、程なくして士官の誘いを受けた。 我が君、何進のもとで才を活かしてはどうか、と。

正直なところあまり気乗りはしなかったが、交友のあった曹操と共に働けるというのは魅力的だった。 少し悩んだ後、その申し出に乗っていた。

何進軍に所属してはじめにとりかかったのは人材確保。 正直なところ、何進軍には有能な人材が著しく欠如していた。 友になりつつあった曹操を除いては、だが。

有能な人材は、そうたやすく見つかるわけではない。 したがって、有能な人材が一人でできることを、凡才の将を複数人あてがうことで埋めねばならない。 そこで、黄巾軍弱体も兼ねて、引き抜きなどに注力した。

それが功を奏したかは不明だが、それほど間をおかずに黄巾軍は弱体化。 張角が病没、張宝・張梁も相次いで戦死し、指導者兄弟を相次いで失った黄巾軍は急速に力を失い、やがて、滅んだ。 この過程で、私は軍師重臣を経て長安太守に任ぜられていた……なんというスピード出世。

それから一時の平和が訪れたが、主君・何進は黄巾軍討伐にて功を上げたらしい豪族たちに領土を分譲。 これが、新たな戦乱の火種となった。

ほどなくして各地で群雄たちが徐々に勢力を成長させていく中、宮中では内紛が勃発。 何進と宦官らの対立は避け得ぬものとなり……幾度かの内乱の結果、宦官らと何進が死亡。 その後、実験を握ったのが、董卓という人物だった。

見た目こそ醜悪な男だったが、はじめこそ私の意のままに内政を行わせてくれたし、急に太守の任を解かれることもなかった……が、受難はすぐそこまで迫っていた。

董卓「命を下す。 内政に励め」

ワシ「はっ。 ……!?(ハァ? 無理言ってんじゃねーぞコイツ!)」

それはあまりにも……あまりにも、無謀としか言えない都市内政目標だった。 都市に属している武将は決して無能ではなかったが、まず根本的に人手が足りていない。 非現実的な目標だ。

それでもこちらに拒否権はないので、内政にとりかかる。 ……無理だ。 絶対に無理だ。 こんな無茶な内政目標、達成するには人手がやはり足りない。

そこで配下に内政を担当してもらいつつ、私は人材確保に着手した。 何名か有望そうな将を登用でき、人材不足を解消できたかに思えたが、

“壬生狼の所属都市から○名の武将が異動しました”

ワシ「……WTF!?」

なんということだ、登用したそばから他の都市へ吸い上げられてしまった。 その後も何名か登用するも、いずれも配下として残るものは、ただの一人もいなかった。 そう、ただの一人も。

ワシ「ダメだ、董卓の下では主命が果たせぬ」

後になって主命が果たせなくても特に問題ないことがわかったが、この時の私はそんなことはつゆ知らず、無念とともに野に降ることにした。 前後して、数少ない友の一人だった曹操が、董卓の専横に耐えかねて勢力を離れていたのも後押しした。

……もっとも、そうこうしているうちに世界情勢は董卓有利に働いていた。 曹操が起案し、袁紹を中心とした反董卓連合などというものが結成されたが、一向に董卓軍に攻め寄せる勢力はおらず、むしろ曹操軍の領地を董卓軍が奪っている構図であった。

そして、曹操軍は壊滅した。

劉備を君と仰ぎ、統一事業が本格始動

勢力図1

西暦193年。 何進軍に仕官した日から、10年弱が経とうとしていた。

この頃の私は迷っていた。 迷っているうちに、友・曹操は勢力を失った。 運良く袁紹に拾われるも“誤って”下野してしまった。 我ながらアホだ。 だってご飯食べながらマウス操作してたんだもん。

再び流浪の身となった私は、南に勢力を広げている孫堅に仕えるか、東国に延びた劉備に仕えるかで悩んだ。 ……正直、劉備という男はいけ好かないというか、信用できなかった。 しかし、彼を支える関羽・張飛という猛将は並々ならぬ豪の者と噂に聞いた。 ひとまず、その武勇にすがるのもいいだろう。

ワシ「よろしくおなしゃす」

劉備「おお、そなたのような者を迎え入れられてblah blah blah」

劉備の世辞を聞き流しつつ、状況を見る。

まず、隣接する北方の袁紹。 ここは領土も武将も質・数ともに手堅く精強な軍といっていい。 できれば今の段階で交戦は避けたい。

南に接するは孫堅。 黄巾の乱後、積極的に空白土地を制圧して一気に勢力をのばし、今最も勢いがある軍勢だ。 しかし、あまりに急進しすぎたせいで人材不足など脆い一面もある。

董卓はどうだろう。 ……なんということだ、武将数100超! 恐らく曹操軍などの多くを取り込んだからだろうが、武将の質・量ともに他勢力を圧倒している。 帝を擁しており、名実ともに最大勢力だ。

さて、西の近隣諸国だが……陶謙軍はそれなりに小さくまとまっていて、これもまた削りにくい(2つしか領地はないが、総兵力は10万!)。 反董卓連合の影響で加盟した諸国同士で領地を食い合うことがなかったため、兵力も潤沢だ。

となると、非常に中途半端な位置に領地を持つ張超軍が当面の目標とするべきだろうか。 なんといっても、「チョウチョウ」と入力して変換しようにも、だいぶ下まで見ないと変換候補に出てこないくらいの微妙な武将(Google日本語使用)。 こいつらしかいない。 総兵力も5万程度だ。

では我が劉備軍はどうか。 縦に延びた戦線というのも気にかかるが、やはり人材に乏しい。 関羽・張飛といった抜きん出た猛将を抱えてはいるものの、絶対数が少ない。 これでは領土を安定して守りぬくのもいささか難しい。

というわけで、やはり人材確保に奔走することになる。 他勢力からの引きぬきや、先んじての在野登用。 ある程度見どころがありそうであれば、何も考えずどんどん登用していった。

そうしているうちに功績が認められ、軍師重臣に返り咲いた。 今こそ好機。 反董卓連合が解消されている今、打倒張超の軍を上げるべし!

“だれそれを盟主とする反董卓連合軍が結成されました”

ワシ「NOOOOOOOO!!」

加盟国には袁紹・孫堅・陶謙をはじめ、当然ながら我が君劉備と……張超がおりました。 Damn it!! これでしばらくは張超を攻めることはできなくなってしまった。 どうしてこう、私が腰を上げるとタイミング悪く妨害されるのか。

仕方がないので、董卓と張超軍の間に挟まれた空白都市に出兵しこれを奪取するものの、半月後には当然董卓軍に奪われる始末。

しかしそれに屈せず、袁紹軍が北方の董卓軍領土を切り取りにかかるのに乗じてこちらも援兵として兵を出し、張超軍の城が奪われたとあれば、ほくほく顔でそれを横取りし……狡猾に立ちまわって領土を拡大。 その間にも武将は微量ながら増え、孫堅と相対せるくらいにまで成長した。

そうこうしているうちに、徐々に袁紹が董卓軍を押し始め(南の孫堅が頻繁にちょっかいをかけて国力を削いでいたのも原因だろう)、趨勢は動きつつあったが、その矢先に反董卓連合軍は……実に三度目の解散を迎えた。

これを受けてすぐに袁紹に対して同盟の使者を出し、ひとまず北方の脅威を取り払うと、反董卓連合軍解散から間をおかずに、今度は反孫堅連合軍が結成。 だいぶ運が巡ってきたようだ。

反孫堅連合が結成されるわずかばかり前に張超にトドメをさし、陶謙も物量に任せて休むまもなく攻め続けて撃破していたので、北海や下邳といった東部地方の多くは劉備軍の領土となっていた。

この上、孫堅を削っておけば、劉備軍の天下はかなり近づくことになる。 飛躍の時なるか。

不和

この頃になると下邳(かひ)太守に任ぜられていた。 前線からは離れているので平和なものである。 これまでは劉備ら三兄弟と同じ都市で軍師として、親交を深めつつ献策していたが、今は配下に命を出し、自らは遠方へ旅に出ることも多くなっていた。

そろそろ、嫁がほしい。

実のところ、まだ董卓の下にいた頃に蔡琰(さいえん)という女性と親しくなっていた。 しかし、あのとおり下野して以来は交流もなく、会うこともなくなっていた。

しかし、南に劉備軍が兵を進めた折に、自軍の誰かが大喬(だいきょう)という女性を見出したと報告を受けていた。 聞けば姉妹揃って美人だという。 これは、動かねば!

ということで、こんな世の中だが……いや、こんな世の中だからこそ、婚活です。

酒や宝を買い漁っては彼女らに貢ぎ、何か頼みごとをされれば聞いてやる。 そんな感じで過ごしていたら、下邳から南の建安に左遷食らったりしましたが、私は元気です。

もちろん、女のケツを追い掛け回していただけではない。 手薄な南の孫堅軍を小突き、機あらば奪い取ろうとしていた。 ただし南海を中心とする南方は、都市間の間隔が広すぎて進軍に時間がかかり、到着する頃には兵糧がだいぶ減ってしまっている有様。 なかなか城を奪えない。

そうして攻めあぐねている間、劉備本隊の方ではさほど孫堅軍に進行する素振りを見せず、以降は大きな動きもなく反孫堅連合は解散。 思ったほど孫堅軍の勢力を削れなかったので、孫堅軍と同盟を結び、再度脅威となった董卓軍への抑えとした。

そんな折、早速孫堅軍より合浦(がっぽ)防衛の依頼が来た。 我が君劉備は二つ返事で依頼を受けたものの……援軍を差し向ける気配を見せない。 さりとて、こちらに援兵指示が出るわけでもない。

そう、人徳がどうとか言われている劉備だが、このように平気で盟約を反故にする男なのだ! 結果的に兵を出さなかった場合、劉備軍に対する評価は世界的に落ちるだろう。 そうなると後に禍根を残すことになりかねないので、仕方なく出兵。

士燮(ししょう)軍が合浦を制圧しました”

ワシ「デスヨネー」

遅かった。 遅かったのだ……。 でも出兵しちゃったから仕方ないもんね! ということで、そのまま進軍を続け、まだ孫堅と戦って傷の癒えない士燮軍を蹴散らし、合浦を確保。 これで盟約を果たせた……。

“劉備が要請を果たさなかったため、悪評が広がっています”

ワシ「あーあ、知~らないっと」

一度落とされた城を奪っただけなので、まぁ、そうなりますわな。 そして、この頃になると、悪評に反さず徐々に劉備の仕打ちは激化していく。

下邳太守に再び命じられ北へ向かおうとしていた矢先、先ほど落とした合浦へ再び領地替え。 あーはいはいと従って内政に勤しんでおれば、西の交阯(こうし)を攻めろとうるさい。 いいから黙ってろ、まだ兵力も人材も足りねーんだって。

ただ、この頃はまだ出撃を拒否する術もなく、無駄に出撃させられては攻めきれずに撤退するという資源の無駄する日々だった。 そんな膠着した状況に業を煮やしたか、合浦以外からも交阯へ出撃する軍の姿が。

戦況を変えるには今しかない!

……ということで、彼らと歩調を合わせつつ交阯に攻撃、やや手間取ったものの城を落として士燮軍を壊滅に追いやることに成功。 ハッハー! 孫堅に先んじてやったぜ!!

しかしまだ、南西には空白地がいくつか存在する。 ここは他国に奪われてはならない……ということで一度編成を立て直し、建寧(けんねい)→永昌→越巂(えっすい)牂牁(そうか)……と北進。 北の董卓軍が劉璋軍へ攻勢をかけ始めた頃を見計らって成都などに進撃。 そうして劉璋軍も滅び、ついに中華大陸には4つの国が残るのみとなった。

四国鼎立

西暦200年、世は四国鼎立(ていりつ)の時代に。 劉備、董卓、袁紹、孫堅が残った。

動かない時は頑として動かず、動くときは怒涛の勢いで動く……そんな私も再び越巂の地にて太守として比較的平穏な生活を取り戻していた。

婚活中に知り合った大喬、及びその妹小喬。 彼女らふたりを(めと)り、両手に華状態! この頃には信頼できる重臣も数人現れていて、絆を結んでいたおかげで劉備のヤローに重く用いている人材を持っていかれることもなくなっていた(登用したそばから武将を持っていくのは相変わらずだが)。

まだ世は戦乱の渦中であり、およそ平和とは言いがたい状況であったが……ことに越巂だけは、民草を安んじ、私も平穏を享受できるほどに平和そのものであった。 これから更に世が乱れるのかもしれないし、我が君劉備が統一するのかもしれないし……あるいは……ともあれ、私はこの越巂で平穏に最期を迎えるのもいいのではないかと思い始めていた。

あの、通告が来るまでは。

劉備「そういえば人手が足りないと言っていたな」

ワシ「あ、はい、まぁ、今となってはこれだけいれば十分ですけど……」

劉備「そうかそうか、んじゃ、都督にしてやるから、頑張れよ」

ワシ「え……都督? え、いきなり? ……え?」

なんと、劉備軍の都督に任ぜられた私。 都督といえば多くの都市の采配を間接的に取り仕切り、自由に人材の異動や任免、出陣などができる要職だ。 都督に任ぜられるということは、それだけ功績を積んでおり、かつ、信望厚いということを意味する……とても名誉なことだ。

ワシ「一度野に下り、在野から身を起こした私も偉くなったものだな。 さて、直轄都市は……WTF!?」

劉備軍の抑えている都市数は30余り。 うち、関羽軍団が3都市ほど、劉備直轄が成都の1都市のみ(!)、……そして、残る27都市が全て私の直轄都市となった。

ワシ「ハァー!? 前準備もなくいきなり丸投げすんじゃねーよこのやr」

“反劉備連合が結成されました”

ワシ「」

“我が軍のどこそこに、だれそれ軍の兵が数万出陣しました”

“我が軍のどこそこに、だれそれ軍の兵が数万出陣しました”

“我が軍のどこそこに、だれそれ軍の兵が数万出陣しました”

“我が軍の……”

人材が少ないと愚痴をこぼした腹いせに事業丸投げして、自分は成都に引きこもった劉備。 それにタイミングを合わせるかのように発足した連合。 堰を切ったように押し寄せる軍勢。

……はい、色々と無理でした。

もともと劉備に対する忠誠心などとうの昔に消し飛んでおり、不満は募る一方。 ここ数ヶ月のうちこそ平穏を手にしたことで表出化しなかっただけで、それらは以前残っていたのだ。 それが、ここにきて限界を迎えた。

さらば、劉備。 さらば、越巂。 さらば妻たち、曹操、その他もろもろ。

再び私は野に身を投げ出した。

再び、袁家

計算外だったのは、絆を結んだ武将はもちろんのこと、愛する妻たちも私の後を追ってきてはくれなかったということだ。 君主に対する絶対の忠誠心と思えば誇らしくもあるが、同時に、私の側に立ってはくれなかったことは少々……いや、かなり寂しいものがあった。

しかし、一度決めたこと。 もう後には戻れない。 私は劉備のもとを去り、新たに仕えるべき君を探していた。

劉備に再士官というのはありえないので……では、孫堅はどうか? 答えはNoだ。 勢力の大きさは第三勢力といったところだが、圧倒的に人材が不足している。

その点、董卓軍は勢力こそ最も小さいが、今なお武将数は他を圧倒しており、その中には名だたる名称が名を連ねている。 機運が巡れば、劉備や孫堅などでは対処できない強さを持っている。 ……が、やはりどうにも、董卓という男が信用ならなかった。

となると……袁家しか残っていない。 以前仕官した(そして誤って下野してしまった)時はまだ袁紹が健在であったが、今や袁紹は病死しており、息子の袁尚が跡を継いでいた。 人材の量・質ともに董卓にはさすがに及ばないものの十分な数を揃えており、国も富んでいる。

ここしか、ない……!

劉氏「ウチにまた来るきはないですか? 前のアレは事故……水に流しましょう」

ワシ「マジっすか! い、行きます行きます!!」

なんと、先代・袁紹公の后である劉氏直々に登用を持ちかけてきた。 実は以前袁家にいた短い間ではあったが、なんやかんやと仕事を手伝ってくれたりもしていたのだ。 ちなみに、現君主・袁尚の母君でもある。

袁尚「おお、お前か! 久しいな……色々とあったが、戻ってきてくれたことは嬉しく思うぞ」

ワシ「ありがとうございます……! 思うところは色々あるものの、ここしか覇業を成せぬと思った次第」

袁尚とも、それなりに面識はあったため、意外と快く受け入れてもらえたのが幸いだった。 ただ、袁家に世話になるということは……少々、義にもとる部分もあり、仕官するのは躊躇いもあった。

……過去の遺恨は残り続けている。 それはまだ、劉備軍の下邳にて重臣を任されていた時のことだ。 人材確保に余念がなかったその頃、私は歩練師という女性を見出していた。

特に彼女に特別な想いを寄せていたわけではない……と思う……が、それは今となっては自分でもわからないことだが、ただ、彼女の政治的手腕などは買っており、片腕的な文官として眼をかけていた。 暇さえあれば彼女に師事をしてやることもあり、関係は決して悪くはなかった。

ところがある時、袁紹軍の治める平原という都市に攻め込めとの命令が下されたことがあった。 私もそれに従事しており、出陣した軍勢の中には歩練師の姿もあった。

歩練師「政や外交は多少の心得がありますが、荒事は得意ではありません……」

と、以前に漏らしていたことがあった。 まぁ、そういうものなのだろう。 世には戦場を支配するような女傑もいるとは言うが、そういった者は決して多くはないはずだ。 適材適所。 戦が不得意であれば、後方で領地を安泰で盤石にしてくれればいいのだ。

そんな彼女が戦場へ駆りだされている。 そう、劉備軍は慢性的に人材不足に悩まされていた。 したがって、非力な者であろうと出撃できるのであれば戦場へ送り出すのが常態化していた。

……嫌な、予感はしていた。

麴義(きくぎ)が歩練師を討ち取りました”

なんと、あっけない、なんと、無慈悲な報告だろう。 彼女は、袁紹軍の勇将・麴義と対峙することになり、倒されてしまったのだ……。

言いようのない喪失感と、親しかった者を奪われた憎悪が身を包んだ。 しかし、私情で軍や国を動かしてはならない。 第三次反董卓連合が解散となったあと、他ならぬ私が、特権を行使して袁紹と盟を結ぶことを進言した。

麴義は許すことは出来ないが、それよりも、国益のほうが大事と判断したためだ。 歩練師ほどの聡明な女性なら、私の行動をきっと理解してくれる……そう、信じて。

戦だったとはいえ、彼女の命を奪った麴義は、甘陵という地で太守として手腕を奮っていた。 それを知って、あえて会いに行った。

麴義「ほう、貴殿が最近我が軍に加わったとかいう……よろしくお願いいたす」

壬生狼「麴義殿の名はかねがね聞き及んでおりました。……よしなに」

妙な緊張感が漂う。 おそらく、麴義にしてみれば、なぜ私がこのように強張った気配を醸しているのか想像もつくまい。 こうして名や顔を知り合ったのは、この時がはじめてだったのだから。

機あらば、例え内乱となろうと、この場で麴義を斬り殺すのも辞さぬ覚悟で会いに来た。 しかし、私の取りうる行動の選択肢の中に、“仇討ち”というものは存在していなかった……。 挨拶もそこそこに、私は麴義の元を出た。

それから麴義が病に倒れてこの世を去ったのは、彼に面会をした数カ月後のことである。 喜びといった感情はなく、ただただ、静かな寂しさだけが残った。

ただ、何も悪いことばかりではない。 新たな出会いもあった。

更に袁家を盛りたてるべく政に従事しているうち、親しくなったものがいた。 名を、孫乾と言った。 彼の政治的手腕は眼を見張るものがあり、また、智謀にも長けていた。 それほど時を必要とせず、彼とは友と呼べる関係になっていった。

また、甄氏という女性とも知りあった。 どうも派手好きなのか、宝物などが好きらしい彼女……はじめこそ敬遠していたものの、気がつけば夫婦の契りを結んでいた。 遠隔地……それも敵地に妻がいるとはいえ、今や一人。 このクソッタレな世の中を一人で生きていくのは、いささか辛い。 共に行きていけることを、素直に喜ぼうと思った。

そうして国づくりと人脈づくりに明け暮れるなかで、着実に功績を上げて、軍内での地位を確立していった。 袁尚の信頼も厚い。

袁尚「そなたの功績は(かんば)しい。 これからの働きにも期待しているz グハァッ!?」

ワシ「!? 袁尚様ー!!」

袁尚は死んだ。 董卓軍との戦で、張郃(ちょうこう)に討ち取られたのだ。 なんということだ、なんということだ……あんな理解のある君主はそういなかったろうに。

劉氏「ああ、息子よ……こうなっては仕方がありません。 私がひとまず勢力を引き継ぎます」

跡を継いだのは、袁尚の実母である劉氏。 血の繋がった我が子を失って、さぞ心を痛めていたであろうが、さすがは袁家の女。 気丈にも君主として善政を敷き、戦も取り仕切った。

彼女には恩義もあるし、今後は劉氏軍を全身全霊をもって盛り立てていこう。 そう、強く心に決めた。

もともと劉氏からは信頼されていたこともあり、様々な提案をしても二つ返事でOKを出してくれる劉氏。 素晴らしい。 なんと素晴らしい我が君。

劉氏「お前の功績と……私の信頼の証として、下邳の統治を任せようと思います」

ワシ「ありがたき幸せ……!」

再び、下邳。 かつての領地に戻ってきたのだ……ん?下邳は劉備の支配下ではなかったか、と? そう、そうなのだ。 しかし、それは“ちょっと前まで”の話だ。

反劉備連合結成後に劉備軍を離れたあとの劉備軍の凋落は甚だしかった。 董卓・袁尚両軍の猛攻と、たまの孫堅軍の進撃で、あれほどあった領地はどんどん奪われていったのだ。 私も戦場で自ら指揮をとり、かつての仲間と刃を交えつつ勢力拡大に力を貸した。

気づけば劉備軍は南西と南東に小さく押し込まれる形で分断されていた。

その過程で私は、愛すべき妻……大喬・小喬が、孫策や周瑜と再婚していることを知った。 どこの馬の骨とも知れぬ男に奪われるとは……! いやしかし、彼女らを捨てたのは私なのだ。 そう、天下を取れる大器の代わりに彼女らを置いてきたのは私……。

しかし、運命とは数奇なもので。 破竹の勢いで劉備軍の拠点を落としていく我が軍が会稽(かいけい)を落としたあたりで、どうやら小喬を捕虜として捉えたようなのだ。 これは再び登用し、我が軍に招き入れねば。

小喬「あなたの元へ戻る気はありません。 お帰りください」

ワシ「デスヨネー」

義理堅い彼女のこと。 まぁ、そう簡単に私を赦し、劉氏軍に加わるとは思ってはいなかった……が、なんというか、ダメージはでかい。 いや、悪いのはこっちなんだけど。

ともあれ、彼女との関係は時間が解決してくれるはずだ。 牢獄ぐらしをさせるのは気が引けるが、どうしようもないので更に軍を進める。

劉氏「あなたの才を信じ、最前線の南海を任せようと思います」

ワシ「お任せあれ」

劉氏「住み慣れた下邳を離れるのは辛いでしょうが、悪く思わないでくだs グハァッ!?」

ワシ「!? 劉氏様ー!!」

劉氏は死んだ。 まぁ、結構なお歳を召していらしたので、仕方ないっちゃ仕方ないっすよねー。 あちら側で旦那さんがお待ちですよ、どうか安らかに。

さて、後継者は誰になるのか……もしかして、信任厚いこの私に白羽の矢が立ったり!?とか、わけのわからん妄想をしていたところ、

“審配が跡を継ぎました”

……審配かよ! 面識ねーな!!

というわけで、割とスピードトップ交代が行われ、かつての袁紹軍は今や審配軍に。 これと前後して董卓・孫策(いつのまにやら世代交代していた模様)軍の攻撃により劉備軍は滅亡の時を迎えた。  大きく世の中が動いていた。

審配「ん? ああ、お前が壬生狼か。 ハッハッハ! こうして顔を合わせるのははじめてだが、名前は聞こえてきていたとも! これからも励めよ! ハッハッハ!!」

ワシ「はい(なんだこいつ、調子いいヤツだな……)」

審配・董卓・孫策による、三国時代の幕開けである。

三国鼎立から一騎打ちへ ~動かぬ情勢、散りゆく者達~

天下三分の計……を、誰かが言ったかは知らないが、天下は三分されていた。

とはいえ、劉備軍を削り取ったおかげで審配軍の武将の数も質も多少は向上しており、孫策軍に先んじる形で勢力を伸ばしていたので、実際のところは董卓軍こそが宿敵といったところだ。

董卓軍の動きがないことをいいことに、まずは孫策軍を取り潰しにかかる。 将兵は勇猛で、兵も強かったが……それを上回る物量と波状攻撃で審配軍はジリジリと領地を飲み込んでいった。

攻略には1~2年かかったが、その間に小喬と復縁し、ちょうどその後くらいに孫策軍もついには壊滅。 大喬も、実妹の説得により再び私のもとへ帰ってくることになった。 再び、光がさしてきたようだった。

審配「南海へ向かえ。 そうして、大敵・董卓に備えるのだ」

そうして私は何度目になるかわからない領地替えにより、(何度目かの)南海太守として赴任させられたのだが、ここでの生活は、越巂にいた頃を思い出すような平穏な日々であった。

ここには、大喬・小喬だけでなく甄氏もいるし、重臣たる孫乾もいる。 相変わらず武将を登用しようものなら勝手に異動させられてしまうので、常にこの5人体制で政を執り行っていた。 活況に湧く民草の声を聞きながら、汗を流す日々。

孫乾「いやぁ、平和ですなぁ。 隣国は大国ゆえ、油断はできませぬが……この頃は戦もなく、少し太ってしまいまして」

穏やかに、孫乾が目尻に小じわをよせて笑う。 見ているこちらも穏やかな気分にさせられるような、柔和な笑顔である。 彼のその笑顔が、私は好きだった。

……しかし、それだけではない。 お互い、しわも増えてくる歳になったのだ。 まだまだ老いて朽ちるつもりはないが、未だに天下は二分されている。 今でこそ大きな戦はないものの、大勢的には審配軍と董卓軍の一騎打ちという構図だ。

私は彼の笑顔に心からの笑顔で応えつつ、一方で、かすかに焦りを覚え始めていた。

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膠着状態

圧倒的な国力差があるにもかかわらず、敵国の抱える猛将が侵攻を許してはくれない。 膠着状態は長く続いた。

それからどれくらいの時間が経ったろう。

定期的に董卓軍……いや、今は秦軍というべきか(董卓は献帝より帝位を禅譲され、秦国を建てた)、ともあれ敵国に攻め込んではいた。

しかし敵の防衛戦は厚く、優秀な将兵も多かったことから戦線は拮抗。 こちらも人材を揃えて向かうものの、張郃・凌統・趙雲ら秦軍の猛将らによって討ち取られる始末。 いい結果を残せているとは言いがたかった。

当然、南海にも出兵命令が来たこともある。 合浦を落とし……長らく流浪の身であった曹操を軍に向かえた。 久方ぶりの再会を喜ぶ暇もなく、有能な彼は合浦太守として赴任していった。 ……もはや、その点に寂寥感もなかった。 見慣れた光景である。 ただ、以後二度と顔を合わせることなく死別してしまうことになるのは、悔いが残る結果になったが。

ただ、いたずらに出兵命令を繰り出されるばかりで、勝算などは無きに等しい戦も少なくなく、また、南方は拠点間の移動距離が長大な傾向に有ることから、なかなか戦線を押し上げることが出来なかった。

……それは、無為徒食な日々に繋がり、多くの人との別れを意味していた。

大喬が病で命を落とし、後を追うように小喬も病に伏した。 一度は回復したものの、半年もせぬまま、やはり命を散らした。 孫乾も、統一国家を夢見つつ旅立った。 ……戦で非業の死を遂げずに済んだのは、この時代にあっては幸せだったのかもしれないが。

気が付くと、共に歩んできた多くの者は既に亡く、私は一人だった。 そして、私もまた、徐々に老境へとさしかかりつつあった。 ……そんな私を新たに支えてくれる者がいたのが、不幸中の幸いであったろうか。

孫氏「悲嘆するよりは、今できることをしましょうよ!」

最近知り合った(そしてスピード求婚することになった)孫氏だ。 老骨にはややしんどいが、今は彼女の前向きさと勢いがありがたい。 そうだ、まだ終わってなどいない。 身滅ぶまで、できることをするまでだ。

そんな矢先。 審配が皇帝を自称し国号を許とするのに呼応するかのように、秦皇帝・董卓が没し、許靖が跡をつぐなど大きな動きの流れで、いつものアレがやってきた。

審配「お前を都督に任ずる」

ワシ「……ククク、断る!」

意気揚々と、許皇帝となった審配陛下の絶対的な命をはねのけた。 そう、天の采配(アップデート)により私は都督就任や領地替えの命を拒めるようになったのだ! 親密度を犠牲にするが、そんなものは酒でも贈っておけばよろしい!!

審配「あ、そう。 んじゃ、長安行って」

ワシ「Hahaaaa!! それも断る……いや、待てよ」

都督就任は蹴った。 しかし、長安への領地替えはいっときの感情で断ってもよいものか。 今はそれなりに親しくしていた諸葛亮という男が統治していたが、正直、成果は上がっておらず……たびたび攻め寄せる秦軍を送り返すのが精一杯だった。

もしここへ赴任すれば……あるいは、自分の采配で膠着した戦局を打破できるかもしれない。 そう考え、私は長安へ向かうことにした。

甄氏「他の者は準備が整い次第追ってくるとのことですわ。 私は随伴してさしあげます……あれは!?」

“秦軍5万強が我が軍の長安に向けて出陣しました”

ワシ「なぬーっ!? まだ到着してすらいないYO!!!」

冷や汗だかなんだかわからない汗をかきつつも、幸い秦軍5万が長安へ攻め込む前に私と甄氏ほか1名が長安入りを果たすことができた。 すぐに防衛の軍を起こすも、その数わずか2万弱。 2倍以上の敵を赴任早々に迎撃せねばならなくなってしまった。

敵は……張飛を筆頭にした、かなりの強豪だ。 対するこちらは私と甄氏、そして名前も顔もよく見知らぬ者。 どう考えても分が悪い。

ワシ「だが、できることをすると誓ったのだ」

名前も顔も知らぬ将を前に出し、張飛が突出したところを……火計で焼く。 浮足立った敵兵は後退を試みるが、そこへ城壁上の弩を射かけ、士気が下がると見れば本陣まで退いて立て直す。

……途中で見知らぬ将は潰走してしまったが、大いに奮戦し、敵部隊をひとつ道連れにしてくれた。 流れを少しこちらに引き寄せた上で、難敵張飛に挟撃の構えをとった。

しかし、やはり張飛隊の兵は強い。 私はともかく、兵も少ない甄氏には荷が重く、やがて押され始める。 再び本陣まで退かせ、私は城壁上から弓を射かけて少しずつ削っていたが……なかなか絶望的な状況だった。 なかなか粘ったが、ここまでか。

文醜「ご助成いたす! 我が軍に勝利を!!」

そんな時、予想だにしなかったことだが、文醜率いる2万強の兵が援軍に駆けつけたのだ。 まさに天の助け。 兵の士気はうなぎのぼり、諦めかけていた私の身体にも精気が再びみなぎってきた。

ワシ「恩に着る、文醜殿! 今だ、反撃ぞ!!」

この好機を見逃す訳にはいかない。 兵力は援兵のおかげで同等となり、敵は城門突破によって勢いづくも、張飛部隊を除けば割とどうとでもなりそうな顔ぶれだった。 物量こそが障害だったが、今やそれも関係ない。

うまく狭所へ突出させ、文醜隊と挟撃し揉み潰す。 なおも張飛隊の精兵は苛烈な抵抗を見せるが、士気も下がり、ついには潰走。 残る将の率いる兵は、もはや敵ではなかった。

そうして、運を味方につけた私は長安防衛に成功し、自信を取り戻すに至ったのだ。 そして、自分自らが率いねば、我が許軍に勝利はないことを確信した。

許靖率いる秦軍と、審配配下の壬生狼軍団との戦い……それは、宿命であった。

そして戦いは終わる

長らく私の精神的支えのひとつであった甄氏を看取った私のもとに、審配陛下からの書状が届く。 都督に就いてくれとの話だ。

ワシ「喜んで拝命すると伝えよ」

この時、はじめて自分の意志で都督……要職に就く決意をした。 もはや、これ以上私の親しい者が逝ってしまう前に、私の手で乱世を終わらさなくてはならない、と甄氏を失い強く思ったからだ。 それに漠然とだが、私の刻限も確実に迫ってきているのも感じる。

私が実際に統治権を委託されたのは、華北を中心とした一帯だ。 昇進祝いとして特権をひとつ頂いたので、これをうまく使うのが肝要となる。

まず、大幅な軍団再編成を行った。 戦線から遠い拠点には武将はおかず、とにかく最前線に武将を送り込み、戦に備えさせた。 不思議と秦軍は攻め込んでこなかったため、着実に秦軍討伐の準備を進めていた。

“審配が死亡しました”

中長期的に軍備を整える過程で、審配陛下も老いには勝てず没した。 跡を継いだのは……、

士燮。 なんでお前が。 っていうか審配軍に降っていたんかい!

士燮「わたしです」

ワシ「!?」

なんでやねん。

……まぁいい。 もはや誰が帝位を、勢力を継承しようと知ったことではない。 私は私の軍団をもって、秦軍を滅ぼすことだけを考えればいい。

まず難所となって立ちはだかったのが、かつて馬氏が治めていた西北と呼ばれる地方。 なんと、最奥部の拠点には7万もの兵が常駐している……。 簡単には切り崩せない。

何度か小突いてみるものの、やはり圧倒的な兵力差は埋め難く、切り崩すには至らなかった。 やはり、物量差がありすぎる戦いを征するのは困難である。

ワシ「じゃあ、こちらも物量で挑めばいいじゃない!」

ということで、今や戦のない後方都市に武将を大量に異動。 そして、そこから可能な限り大量の兵を率いさせ、西北の次拠点までの進軍を命じた。 総兵力20万。 2~3ヶ月の時を要したが、兵糧を中継地点で補給しつつなんとか最前線まで率いてこさせ、西北地方征討の主力とした。

……無謀とも思えたこの作戦が功を奏し、これまで攻めあぐねていた戦線は一気に前進。 ふた月ほどで7~8万いた敵軍を蹴散らして西北を掌握。 そのまま、まだ戦えそうな軍を再編しつつ、南の西南地方へ目を向ける。

さすがに成都を中心とした地方は、もともとあまり戦乱に晒されていなかったこともあり、敵兵も多く、この時は目立った戦果を上げることはできなかった。

しかし、この頃になると敵国内部での忠誠低下も見えてきて(少ない都市で大量の武将を抱えていた弊害だ)、かの劉備・関羽・張飛や、長らく父・早々と離ればなれだった曹丕(ソウヒ)らを自軍に引き抜いて組み入れることで、敵国の弱体をしつつ自軍を強化。

次に大戦を仕掛けるための算段をしつつ、その機を待っていた。 その過程で、許靖が死に、韓遂が跡を継いだとの知らせが届いた。

韓遂

韓遂。 もはや覇を競った英傑たちは次々と没し、なんだかよくわからない人選の帝が、覇業を成さんとしていた。

なんでやねん。

だがもう敵のトップがどう変わろうと、やはりどうでもいいのだ。 さぁ、また兵を集めよう。 今度は難所成都と、更に南……思い出深き越巂がある、山奥へ歩を進めねばならない。

前回の西北征討作戦がおもいのほかうまくいったので、今回も同じ手法を用いた。 今回が総力戦であり、もしかしたら、決戦となるかもしれない。 出せるだけ兵を出した結果、総勢40万の兵が成都に向けて出発。

数カ月後成都に到着し、許軍40万対秦軍10万が激突。 こちらも少なくない犠牲を払いつつこれを撃破し成都へ入場。 秦軍も兵数こそこちらに及ばぬものの、最後の一兵卒に至るまで徹底抗戦し、こちらの将を何人か討ち取られる結果になった……趙雲恐るべし。

その後も再編成と進軍を繰り返し、残る秦軍の城を落としていく。 同時に、特権を用いて許軍本隊の大軍勢も借り受け、江州や交趾、牂牁といった都市を攻略。 残るはそれぞれ10万弱の兵が立てこもる建寧と永昌だけだ。

この大陸の端から端まで進軍させられ、全くの異郷の地で故郷を想いつつ散っていった兵は10万……いや、20万くらいはいたかもしれない。 彼らに対する罪悪感に押しつぶされそうになりつつも、今は前だけを見る。

まず、永昌に再編を繰り返して集った25万の兵を出す。 相手ももはや恐怖の対象でしかない趙雲に大量の兵を与えて送り出す。 秦軍は建寧からも数万の兵を永昌へ向けて出すが……そこが狙い目だ。

待機していた20万弱の本隊の部隊を一気に建寧へなだれ込ませ、反撃の暇を与えずに物量作戦で押しつぶす。 永昌への援兵は引き返すものの、そうして右往左往している間に5万程度の兵を失いつつも趙雲を撃破、永昌へ間髪をいれずに攻撃した。

永昌攻撃

多くの将兵を犠牲にし、屍を多く積み上げつつもひたすら平和のために突き進んだ。

そして、攻撃開始からひと月もしないうちに、秦軍最後の都市・永昌は陥落。 ここに秦軍は滅び、許軍は天下を統一したのであった。

許、天下統一

西暦226年、ついに天下は許軍のもとに統一された。 黄巾の乱に乗じて身を起こしてから、実に42年の月日が経っていた。

その後も許軍は能臣を使い、長らく治世を続けていくことになる。 私は、そんな真の平和が訪れる様を、最後に残った妻の一人・孫氏との間の子を眺めることで実感していたのだった。

未来へ託す

もはや我らの時代は終わりを告げたのだ。

かつての友・妻・重臣たち……多くのものが、志半ばにして病や戦に倒れていった。 彼らの分まで平和を確かなものにし、日を送る……にはいささか私は歳をとり過ぎたが、きっと、その役目は私達の子らが継いでいってくれることだろう。

こうして、戦いは終わりを迎えた。

最終的な相関図

最終的な相関図。 公孫瓚などとも絆を結ぶも、やはり先立たれてしまった。 彼らの姿が跡形も無いのは寂しい限り。

おしまい

というわけで、新武将・壬生狼を主人公とした、黄巾の乱の動乱から所属勢力の天下統一までを、妄想や脚色(そして大幅な省略)を行って書いてみました。

無能でイライラさせてくれる君主に振り回されてキレつつも、天下に名高い美姫(しかも複数名)と結婚できたり、好きな武将とも義兄弟になれたりと、波乱万丈ながら充実した初回プレイになったかなと思います。

曹操や二喬が存命中に天下統一できなかった点が悔いが残る部分といえばそうですが、それはひとえに都督の任を拒んでいたからでもありますね。 でも、初回プレイでnoobな私にはほとんど全ての拠点を任せられる(そのくせ外交は不可)なんてやってられませんので、なかなか踏ん切りがつかなかったばかりに、このような結果になってしまいました。

こうして、上の人に振り回されてイライラしつつも、そんな中で自分ができることをして、自分だけの人脈を築き上げていく……それそのものは、非常に(妄想込みで)ドラマティックで楽しかったですね。 そのせいで歩練師とか死んだけどな!

とはいえ、次回の予定は特にございません。 さすがに毎回こうして書くのは辛すぎるヨー。 楽しいけどね。

ともあれ、以上!

この記事を書いた人

壬生狼
みぶろと読みます。 活動名は他にmiburo666・Lupus(ルプス)など。
ゲーム、音楽、映画などが趣味。 このブログではゲーム系記事を公開しています。
現在のアイコンはPSO2のマイキャラであるルナール。
記載されている会社名・製品名・システム名などは、各社の商標、または登録商標です。
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